
2025年1月31日(金)〜2月2日(日)、東京体育館で車いすバスケットボールの日本選手権『天皇杯』が開催されました。その2日目、2月1日(土)に、TEAM BEYONDの観戦会が行われ、76名の参加者が東京体育館に集まりました。
車いすバスケットボールの日本選手権は、1970年に第1回大会がスタート。今大会は、記念すべき第50回大会です。全国56チームによる1次予選会、さらに東日本、西日本第2次予選会を戦って出場権を得た16チームが集結。トーナメントでクラブチーム日本一が決まります。大会2日目、1回戦を勝ち抜いた東京都ブロックのNO EXCUSEと、東海北陸ブロックのワールドBBCの準々決勝を観戦しました。
当日は、観戦ナビゲーターとしてパラスポーツを長年取材しているスポーツライターの宮崎恵理さんに、競技の見どころや注目選手など観戦ポイントを解説いただきました。また、今回は「推しを応援する」をテーマに、NO EXCUSEを熱く応援するサポーターにもお越しいただき、応援する楽しみについて語っていただきました。観戦会のレポートをお届けします。
天皇杯ならではの見どころ
50回目という節目の今大会。昨年の同大会では、8チームのみの出場でしたが、今回は倍となる16チームが東京体育館に集結。まさに日本一決定戦の名にふさわしい大会となりました。
天皇杯には、女子選手、そして健常者の選手も競技用車いす(バスケ車)を使用して障害のある選手とともに出場することが可能です。車いすバスケットボールでは、選手の障害の状態や程度に応じて、それぞれ持ち点(クラス分け)があり、コート内でプレーする選手の持ち点の合計が14.0点以内でなければならないというルールがあります。天皇杯など日本車いすバスケットボール連盟が主催する大会では、健常者、女子選手がともに2名までプレーできます。健常者は最も軽い4.5点。女子選手は1名入るごとにチーム合計持ち点から1.5点が減算される(つまり、1人の女子選手が入ることでチーム合計が15.5点まで可能になる)ルールになっています。これにより、障害の有無や程度、性別に関係なく誰もがプレーヤーとして参加できるインクルーシブな大会となっています。
(※女子選手の大会である皇后杯では、女子選手が入ることによる減算はありません。健常者が4.5点のルールは適応されます)
NO EXCUSE 対 ワールドBBC
観戦したのは、準々決勝。前日に行われた1回戦の結果により東京都ブロックのNO EXCUSEと、東海北陸ブロックのワールドBBCが対戦する試合です。
NO EXCUSEは、地元・東京都ブロックで堂々の1位をマークしたチームです。昨年、準優勝した埼玉ライオンズのポイントゲッターだった朏秀雄(みかづき・ひでお)選手が、移籍してきました。香西宏昭(こうざい・ひろあき)選手を中心に、森谷幸生(もりや・ゆきたか)選手など積極的に攻撃を展開するチームに、さらに大きな戦力が加わったのです。チームとしては、2023年大会の決勝戦でパラ神奈川スポーツクラブ(現・神奈川VANGUARDS)に敗れ準優勝に涙を飲んでいますが、これまでに6度の準優勝経験があります。今大会、7度目の正直を実現できるのかが見どころです。
対する愛知県のワールドBBCは、1985年に創設された古豪で、今年40周年の節目を迎えます。西日本第2次予選会で1位となり、天皇杯出場を決めました。1999年から4連覇を果たしている東海エリアきっての強豪です。主将の竹内厚志(たけうち・あつし)選手は、天皇杯で3度の「オールスター5」(大会の優秀選手を称える)に選出されています。竹内選手は大会前の記者会見で「4連覇を知るベテランと、若手が融合する連携と組織力がワールドの持ち味」と語っています。ワールドBBCにも、フレッシュな戦力が加入しました。筧裕輝(かけひ・ゆうき)選手です。1997年生まれの27歳。3ポイントシュートを武器にする4.0点選手として、初の天皇杯出場を果たします。
NO EXCUSEサポーター ムライタケシさん
観戦会では、試合前にバスケ車やボールを用意し、ルールや見どころの解説をしました。ルールは一般のバスケットボールとほぼ同様ですが、車いすに乗って行う競技ならではのテクニックなどを実際のバスケ車を使って見ていただきました。
今回、この時間帯を利用して素晴らしいゲストにお話をしていただきました。NO EXCUSEの熱心なサポーターであり、チームマスコットをデザインされたムライタケシさんです。
ムライさんは、マスコットの『ノックス』を持参してくださいました。ノックスは、リスをモチーフにデザインされているそうです。
「バスケ車に乗って試合前にアップする選手たちの、クルクルと軽やかに疾走する姿、まるでリスのように見えませんか。いろんなデザイン案があったのですが、選手やスタッフとも話し合ってリスでいこうと、決まりました」
ムライさんは、もともとバスケットボールが大好きで、デザイナーという職業を活かしBリーグの千葉、群馬、B3リーグの八王子など、さまざまなクラブチームのマスコットデザインを担当されています。
「東京都内でNO EXCUSEのイベントがあった時に参加して、選手やスタッフの方々とお会いしたら、本当に素晴らしいチームだなと感動しまして、マスコットのデザインをさせてください!って、自分から連絡をとったのですよ」
ムライさんは、車いすバスケットに出会った瞬間に一目惚れしたそうです。
「Bリーグとは違う、バスケ車に乗った選手たちの神技のようなプレーが魅力的だと感じています」
NO EXCUSEのテーマカラーは、オレンジ色。ムライさんご自身もオレンジ色のTシャツをまとい、大勢のサポーターと一緒に毎回声を枯らして応援しているそう。村井さんのお話を通じて、「推しを見つけて、応援する喜び」が参加者のみなさんにも伝わったのではないか、と感じています。
準々決勝試合開始
いよいよ、試合開始。先制点を挙げたのは、NO EXCUSEの主軸、香西選手です。この先制点でNO EXCUSEは勢いに乗り、第1クォーター中盤まで10−0という大量リードで試合を進めます。その後、ワールドBBCの新戦力、筧選手の3ポイントシュートも飛び出しましたが、第1クォーターは17-9でNO EXCUSEがリード。続く第2クォーターでは、森谷選手に代わって途中出場した橘貴啓(たちばな・たかひろ)選手が、連続得点を挙げ、34−25で折り返しました。
ハーフタイムに特別ゲスト 豊島英さん
ハーフタイム中に、もう一人、特別ゲストにお越しいただきました。東京2020パラリンピックの車いすバスケットボール男子日本代表チーム主将であり、現在は車いすバスケットボールのハイパフォーマンスディレクターとして活躍されている豊島英(とよしま・あきら)さんです。今回の観戦会の対戦チームについて、
「NO EXCUSEは、チームワークで勝利に繋げていくチーム。一方のワールドBBCは長年のベテラン選手を中心にハーフコートで展開していく戦術ですが、最近は若い選手も増えて3ポイントシュートやスピードといった個の力が目立つようになりましたね」
と、語ってくれました。
「ワールドBBCの筧選手は初出場で3ポイントシュートを決めました。こういう大舞台で決め切るのは、技術だけでなく、メンタルもとても大切になってくる。今後の活躍に期待したいですね」
新戦力の加入は、チームの活性剤になっていると分析しています。
さらに、私たちが観戦することについて
「バスケットの試合では、ずっといい流れやリズムで進むわけではありません。負けている時間帯やシュートが入らないというような悪い流れの時に、観客の声援が聞こえると、本当に選手のパワーになるんですよ。もう一度気合いを入れ直そう、という気持ちの切り替えになる。だから、たくさん応援してくださいね」
と、応援の力についても語ってくれました。
試合は後半戦へ
後半になると、NO EXCUSEの香西選手、新戦力の朏選手の活躍が目覚ましく、森谷選手とともに3ポイントシュートも決めて会場を沸かせました。試合前、バスケ車を使った見どころ解説で紹介したティルティング(バスケ車の片方のホイールを持ち上げて、より高さを出す高度なテクニック)が、試合中何度も見られ、その都度、参加者の方からも「すごい!」という声が上がりました。また、バスケ車を使って、相手チームの攻撃を邪魔したり、味方の花道を作ってリバウンドをとるなど、車いすバスケットだからこそ見られるプレーの数々が飛び出していました。
一方のワールドBBCも、筧選手、竹内選手の3ポイントシュートで応戦します。また、4連覇時代のエースで、現在もアシスタントコーチを兼任する大島朋彦(おおしま・ともひこ)選手が、“大きな熊”のような体を生かし、NO EXCUSEの小柄な選手の上から腕を振り下ろしてパスやシュートをカットする場面も。「僕らは、大島さんのこのテクニックを“シャケ狩り”って、呼んでいるんですよ!」と、事前の記者会見で竹内選手が語っていたプレーが見られ、会場からも拍手喝采が起こっていました。
しかし、ワールドBBCの力も一歩及ばず、63-45でNO EXCUSEが勝利。午後に行われる準決勝進出を決めました。
参加者からたくさんの質問が
今回、参加者の方々には、ご自身のスマートフォンを利用した「チアホン」というシステムで解説をお聞きいただきました。このチアホンには、チャット機能が搭載されており、試合中に参加者の方から積極的に質問が寄せられました。
例えば、「バスケ車のお値段はどのくらいですか」「バスケ車の重量はどのくらいですか」など用具に関する質問がありました。オーダーメイドのバスケ車だと50万円以上になることも。選手によっては、破損や消耗によって1、2年で買い替える必要がある人も。重量も選手によって異なります。例えば、ワールドBBCのベテラン、体格の優れた大島朋彦選手と、NO EXCUSEの1.0点クラスの大嶋義昭選手では、バスケ車の仕様は全く異なります。大島選手の場合、座面を高く設定していますが、車体重量が軽すぎると、バランスを失って転倒するリスクがあるため、あえてバスケ車の下の方が重くなるように設計されています。一方で、ローポインターと呼ばれる1.0点、1.5点選手の場合はできるだけ重量を軽くしてスピードや機動力を上げられるようなデザインにしていることが多いのです。バスケ車は、機能性やデザインとともに、重量バランスもその人に合わせて設定されています。
もう一つのコートで同時に行われていた準々決勝では、神奈川VANGUARDSが長野車椅子バスケットボールクラブと対戦し、なんと104-45という大差で神奈川が準決勝進出を決めました。このスコアを観客席から見ていた参加者の方から、車いすバスケットで100点ゲームはあるのか、という質問も寄せられました。
実際には、100点ゲームになる試合は多くありません。日本選手権では、2010年大会の第1試合で、SEASIRS対秋田県車椅子バスケットボールクラブが100-25、2015年大会の予選Bリーグで、TEAM EARTH対千葉ホークスが26-103。これまでに2度、100点ゲームがありました。今大会、久しぶりの100点ゲーム(しかも、104点は歴代最高得点)を、神奈川VANGUARDSが実現したわけです。反対側で行われていた試合ですが、参加者のみなさんは興味を持ってご覧いただいていたのだということを、改めて実感しました。
応援する楽しさ
観戦参加者にはスティックバルーンが配られており、声援とともに大きなバルーンの拍手で選手たちにエールを送っていました。また、NO EXCUSEのサポーターの声に合わせて、守備の時など「ディーフェンス、ディーフェンス」という声援を送る参加者の方もいらっしゃいました。
「NO EXCUSEの熱い応援を実際に体感できて、すごく楽しかった!」「これまで観戦する時には一人でしたが、観戦会では仲間がいるような気持ちになりました。実際、すぐ近くの席の方と、車いすバスケットの選手のことなど、いろいろな話ができて楽しかったです」「スティックバルーンがあったので、思い切り応援できました」
など、観戦会で直接応援する楽しみを発見されたというお声をアンケートでもいただきました。
選手には、応援の声が本当によく聞こえているようです。NO EXCUSEの森谷選手は、前日に行われた1回戦では小学生サポーターから「森ちゃ〜ん、かっこいい! 頑張って!」という大声援が送られていましたが、その声に背中を押された、と言っています。
「でも、声援でつい力が入りすぎてフリースローを外してしまい、その後は適度に聞こえるように自分の中でコントロールするようにしました」と、苦笑いしながら話してくれました。
また、ワールドBBCの竹内選手は、「東京体育館で開催される天皇杯は、僕らにとっては完全アウェー。でも、メッセージボードにメッセージを書き込んでくれたり、動画配信の時にメッセージを送ってくれたりしたものは全部、目を通していて、それを力にしています」と、語ってくれました。
さまざまな参加者と一緒に観戦
今回の観戦会には、ロービジョン(弱視などの視覚障害)の方にも参加していただき、QDレーザ社の「レティッサオンハンド」という機器を使用して試合を観戦していただきました。
「レティッサオンハンド」は、半導体レーザから生み出されるフルカラーの微弱なレーザ光が網膜を高速で走査することで直接画像が投影される仕組みで、眼のピント調節機能を使わずに鮮明な映像を見ることができます。
今回参加された40代の男性は、「単眼鏡やスマートフォンでは、動きについていけなかったり見えづらさがあったりします。レティッサオンハンドは選手たちの動く様子や、ボールを追うことができ、楽しんで観戦することができました。迫力のあるゴールシーンなども何度も見ることができ、とても楽しかったです。」とおっしゃっていました。
また、車いすの方も参加されました。東京体育館の車いす席はスタンド席の後方に設けられています。他の参加者とも近い場所で観戦いただき、同伴の方と一緒に声援を送っていらっしゃいました。
大会の結果は
天皇杯は、翌2日に3位決定戦、決勝戦が行われ、NO EXCUSEは3位決定戦で富山県車椅子バスケットボールクラブを58-38で下して3位となりました。
決勝では、昨年と同じ神奈川VANGUARDSと埼玉ライオンズが激突。昨年は最終クォーターで神奈川が逆転し、47-44という僅差で優勝。今年は、61−41で神奈川が圧勝し、パラ神奈川スポーツクラブ時代を含め、3連覇を達成しました。
NO EXCUSEは、3年間、優勝を目指して改めてチーム作りに取り組んできたといいます。神奈川VANGUARDSとの準決勝では、49-79で敗れましたが、その戦いで今大会1番の手応えを感じたと、及川晋平ヘッドコーチ(HC)は語っていました。
「神奈川は、コートに出る5人がほぼ日本代表選手。僕が日本代表HC時代から目指してきたトランジションバスケを実践しているチームです。そこを相手に、どんな弱点があるのか、どんな戦略が通用するのか。3年間かけて作り上げてきたチーム力を120%出して戦うことができました」
香西選手も、
「ディフェンスでも、オフェンスでも連携がチームの強み。5人で戦う意識がこの3年間で強化されたと感じています」
と、チーム力向上の収穫について語ってくれました。準決勝での戦いがあったからこそ、3位決定戦の勝利に繋がったのでした。
会場で観戦し、推しのチームや選手を応援する楽しみを、今後も継続していただけたら、と思っています。