
2023年9月2日(土)〜3日(日)、「第2回 WPA公認 NAGASEカップ パラ陸上競技大会」が開催されました。NAGASEカップは、「誰もが参加できるインクルーシブな大会」がコンセプト。パラリンピアンをはじめ、障害の有無に関係なく、さまざまなアスリートが参加する大会です。同時に、世界パラ陸上競技連盟(WPA)公認のパラ陸上競技会として、出場したパラアスリートの記録は国際パラ陸上競技連盟に登録される公式戦でもあります。2回目となる今年は、東京2020パラリンピックの陸上競技会場だった国立競技場が舞台。小学生の部が新設され、シンガポールやカンボジアからも選手が出場しました。
そのNAGASEカップ初日の土曜日に、TEAM BEYOND観戦会を実施しました。当日は、観戦ナビゲーターとしてパラスポーツを長年取材しているスポーツライターの宮崎恵理さんがパラ陸上の見どころやポイントなどを解説しました。観戦会の様子と、パラ陸上のポイントを宮崎さんにレポートしていただきます。
今年で2回目の開催となるNAGASEカップは、とてもユニークな大会です。パラアスリートだけでなく、小学生から社会人まで一般の陸上競技選手が出場します。小学生は小学生同士の戦いという形ですが、パラアスリートと一般の陸上選手は同じレースで競い合います。こんなインクルーシブな大会は、他にはありません。
国立競技場のフィールドレベルを体験
(日本パラ陸上競技連盟会長の増田明美さんがサプライズで飛び入り参加! 一緒に記念撮影できました)
今回の観戦会の大きな目玉の一つが、東京2020パラリンピックの会場にもなった国立競技場のフィールドレベルにアクセスできる特別な体験が用意されていたこと。早朝の集合時間にもかかわらず、50名近くの参加者に集まっていただきました。
(国立競技場のフィールドの感覚を味わう参加者のみなさん)
すでにトラックでは朝一番で行われるレースに出場する選手たちがトレーニングランを開始していました。真剣な眼差しでトラックを走る選手のすぐ横に、参加者のみなさんと一緒に入り、イタリア製の特殊なゴム素材で作られた赤レンガ色のフィールドの感触を実際に体験しました。
フィールドレベルから見上げる観客席の大きさ、ぽっかりと空いた空の青さ。この競技場で開催された東京2020パラリンピックでは、世界記録も樹立されています。例えば視覚障害全盲のクラスT11男子100mでは、ギリシャの選手が10秒82で世界新記録をマークしました。ちなみに一般の男子100mの世界記録はウサイン・ボルトの9秒58。全盲の選手の記録はボルトに約1.2秒差で迫っています。パラリンピアンの凄さを、少しでも感じていただけたかと思います。
世界新記録の樹立
(ゴールの目の前で観戦)
参加者のみなさんに用意された観客席は、メインスタンドのゴール付近という特等席でした。観戦会が行われた2日(土)の午前中の主な競技種目は、200m、走り高跳び、車いす砲丸投げ、車いす800mです。
(女子200mで世界記録を樹立した湯口英理菜選手)
今回観戦した種目の中で、なんと世界新記録が樹立されました。200m女子義足T61クラスの湯口英理菜選手が、36秒10で自身が持つ世界記録を更新したのです。
湯口選手は、生まれた時から両脚に障害があり、3歳の時に両膝上を切断しました。大腿義足を使用するT61クラスは歩行や立つことも難しい障害のクラスで、世界的にも競技人口は大変少ない状況です。湯口選手は高校進学後に陸上を本格的に始め、国内唯一のT61クラスの選手として着実に記録を更新してきました。これまでの世界記録は、2021年に出した39秒26。今年3月に、宮崎県で実施された記録会で、37秒98の自己ベストをマークしましたが、残念ながらWPAの世界記録に登録される大会ではありませんでした。今回の36秒10は、その自己ベストを大きく上回る世界記録となりました。
(第3レーンを走る湯口選手。障害のある選手と、一般の選手が一緒に走るのはNAGASEカップならでは)
「3月の時も、全力で走っての記録でしたから、すぐに更新できるとは思っていませんでした。だから、すごく嬉しいです」
と、湯口選手はレース後に語っていました。
「NAGASEカップは一般の選手と一緒に走ります。もちろん、スピードでは敵わなかったのですが、一生懸命追いかけることで引っ張ってもらえたのではないかと思っています」
国内で開催されるパラ陸上競技の大会では、湯口選手は一人で走ることがほとんどです。一般の選手とパラアスリートが一緒に競い合うNAGASEカップだからこそ、樹立できた世界記録でした。世界記録をマークすると、タイムが表示される電光掲示板の前で選手は記念撮影します。そんなシーンも参加者のみなさんと一緒に見届けることができました。
展示コーナーで、競技用車いすと、競技用義足の解説
観客席すぐ近くに、競技用車いす(レーサー)、競技用義足、写真パネルの展示コーナーを設けました。参加者のみなさんには競技の合間に展示コーナーに移動していただき、パラ陸上競技に不可欠な競技用車いす、競技用義足、そして視覚障害のある選手のガイドの存在やルールなどについて解説する時間を設けました。
(競技用車いす「レーサー」を囲んで解説)
競技用車いすは「レーサー」と呼ばれ、前輪が長く前に突き出した独特の形の3輪車です。ホイールの大きさの規定や、ホイールを回すためのグローブなども含めてレーサーの特徴をご紹介しました。いつもは選手が座っているためなかなか見ることができない座面について「ここに正座をするように座って、選手は前屈みでホイールを回します」と話しをすると、子どもたちからは「足が痺れないのかなあ」「スピードが出そう」と率直な感想が出てきました。
「なぜ、後ろの車輪はちょっとハの字になっているのですか?」
という質問も。「絶妙な角度のハの字にすることで高速性とコーナーでのスピードを両立できるんです。これが車いすバスケットボールや車いすテニスですと、もっと回転性を高めるためにハの字の角度が大きくなっています」と説明したところ、「競技によって、使う用具のテクノロジーがそれぞれ違う形で発展しているんですね!」と、パラスポーツの核心を突く感想も飛び出てきました!
(下腿義足)
(大腿義足)
競技用義足は2種類を展示しました。1つは膝から下を切断した人のための下腿義足、もう一つは膝上切断の人のための大腿義足で、こちらには人工の膝となる「膝継ぎ手」というパーツが取り付けられています。
(競技用義足を説明する筆者)
200mで世界記録を樹立した湯口選手は、この膝継ぎ手がある大腿義足を両脚に装着しています。足部は、ヒョウの足のような形状が特徴で、高い反発力を活かして走ったり、ジャンプしたりします。一方で、非常に不安定な設計で、つま先立ちで立っているような、細い竹馬に乗っているような感覚です。走ることに特化しているので、じっと立っているのは本当に難しい。それを両脚に装着している湯口選手が、どれほどの努力をして世界記録を出しているかが、実際の義足を見ることで感じられたのではないでしょうか。
(義足を手に取る子どもたち)
「すごく、重たい」
実際に義足を持ってみた子どもたちの感想です。「この重さの義足をつけて、思いっきり全力疾走できるように一生懸命練習するんです。選手たちは、“義足に血が通うまで”という表現をしていますよ」と説明しました。
「今年の夏休みはもう終わっちゃったけど、来年夏休みの自由研究は絶対に競技用義足をテーマにしたいです!」
そんなご自身の目標を、目をキラキラ輝かせながらお話ししてくださった女の子もいらっしゃいました。
競技場で観戦することの醍醐味
(特典グッズのオペラグラスを使って観戦)
これまでにも、テレビで世界陸上や東京2020パラリンピックの陸上競技を観戦した経験はあるかもしれません。テレビや動画配信では、次に出場する選手のアップが映し出され、競技中の様子を集中して見ることができます。それは、テレビなどで観戦する大きなメリットです。
一方で、陸上競技場では、トラックのレースとともに走り高跳びや砲丸投げなどのさまざまな種目が同時に行われます。初めて陸上競技場で観戦した方の中には、どこを見たらいいのか戸惑ってしまう、という人もいらっしゃったのではないかと思います。
スタート前、「On your marks」という審判の掛け声とともに、しんと水を打ったように競技場全体が静寂に包まれ、号砲とともに一斉に応援の声が上がる。同時に一瞬止まっていた跳躍種目や投てき種目も再開されて、一気に競技場全体に盛り上がりが戻ってきます。
選手たちは、それぞれの場所で競技をする選手たちに互いに敬意を払いながら自分のパフォーマンスに集中しています。そんな選手たちの姿、選手とスタンドが一体になって競技が進んでいく様子を、観戦会で垣間見ることができたのではないでしょうか。今回の観戦会で、パラ陸上競技の魅力の一端を味わえたのではないか、と感じています。