支援企業・団体の声
株式会社名取製作所
2025.1.22

チタン技術を結集させたスポーツ義足アダプター、メダリストとの共創の軌跡

2016年9月にブラジル・リオデジャネイロで開かれた「リオパラリンピック」。男子走り幅跳びで銀メダル、男子4×100メートルリレーで銅メダルを獲得した山本篤(やまもと あつし)選手の活躍を心から喜んだ人たちが、リオの競技場から1万8000キロ以上も遠く離れた日本の埼玉県にもいました。株式会社名取製作所の名取秀幸(なとり ひでゆき)社長と社員の方たちです。

名取製作所は1949年に創業。プレス加工に高い技術力を持ち、主に自動車などのワイパー部品を製造する企業です。そうした本業に加えて、近年は山本選手をはじめパラアスリートが使用するスポーツ義足のパーツを独自に開発しています。

実は十数年前まではパラスポーツと無縁だった同社。いかにして関わりを深めていったのでしょうか。

義足ランナーに心を突き動かされる

きっかけは、名取社長が何気なく見ていた朝のテレビ番組でした。約15分間のコーナーの中で、義足でランニングをする人たちが特集されていました。

「番組に出演されていた義足ランナーの方たちが、ご自身の障がいを乗り越え、また、ご自身の能力や体力の限界を超えるために驚異的な努力をしていること、また、それを応援する人たち、支えている人たちがいることを知って、とても感動したと同時に、自分には何ができるのだろうと考えました。すると義足のパーツが画面に映ったので、これだと」

その映像に強く心を突き動かされた名取社長はすぐに番組に出ていたランニングチームに連絡を入れて、「何かお手伝いできませんか?」と提案したそうです。

それがきっかけで、「自転車競技の選手の義足パーツを作ってほしい」と北京パラリンピックで日本人義足選手として初のメダルを獲得した藤田征樹(ふじた まさき)選手から連絡がはいったのです。2012年のことでした。

初の義足パーツ開発

会社史上初めて義足パーツの開発に取り組むことになったのですが、とにかく時間がありません。何といっても依頼があったのが、藤田選手が出場するロンドンパラリンピックの半年ほど前だったからです。

請け負ったのは、「クリート」と呼ばれる自転車の足をのせる部分、ここを同社の強みであるチタン技術によって開発していきました。

※「藤田選手使用のチタン製クリート(ロンドン大会で使用した最終形の1つ前のモデル)」

「日本で使われている義足は、そのほとんどが海外製で、日本人の体格に必ずしも合ったものではありません。藤田選手に、より快適なものを使って頂きたいと考え、形や材質を変え、試作を重ねました」

名取製作所では元々のクリートを基に、無駄な部分を削ぎ落とすなどして藤田選手が望む軽量化を進めました。試作品ができると藤田選手に送って試してもらい、フィードバックをもらってまた改良。それを4回ほど繰り返したといいます。

「一番難しかったのは、軽量化しつつ強度を担保することでした。これはその後、山本選手の義足アダプターを開発する時もずっとついて回った課題でした」

「軽くすると強度が落ちるのですが、当時はまだ技術力や知見が足らなかったため、強度を優先せざるをえませんでした」

悪戦苦闘の末に完成した義足を身に付けてロンドンパラリンピックに臨んだ藤田選手は、見事ロードタイムトライアル (C3) で銅メダルに輝きました。

帰国後、藤田選手が名取製鉄所に来訪した際に、「部品があったからメダルを取ることができた」と語ってくれたことで、普段はお客様から直接感謝の気持ちを伝えられることが少ない社員も「世の中に貢献している会社で働いている」と実感したそうです。

山本選手との出会い

ロンドンパラリンピックが終わって1年ほど経ったころ、名取製作所の運命を変える1本のオファーが舞い込んできました。それは山本選手の義足パーツの開発です。

もう既にそのとき、山本選手は数々の実績を積み上げ、パラリンピック陸上競技のレジェンド的存在になっていました。名取製作所に寄せられたオファー内容は、やはり軽量化でした。実際の義足の部品を紙に鉛筆で書き写したものを基に、図面が無い状態で「この形にこの部品をつけたいのだけれど、どうしたらいいですか?」という話から始まりました。期待に応えるべく、できるだけ軽くしようと挑みました。

ところが、いざ完成した義足を付けて山本選手が練習で走ったところ、強度が足りずに破損してしまったのです。

パラアスリートにとって、義肢は記録に直結する大切な体の一部です。山本選手の要求を詳しく聞き、それに応えるために、外部機関の協力を仰ぎました。2014年夏に『埼玉県よろず支援拠点』に相談したところ、公的研究機関である『産業技術総合研究所(産総研)』を紹介してもらうことができました。

かっこいい存在でありたい

2016年のリオパラリンピックに向けて総仕上げに入っていった頃、名取社長を驚かす出来事がありました。大会直前に山本選手から「強度を度外視しても、できるところまで軽くしたアダプターを作ってほしい」と要望があったのです。

何度も軽量化を重ねてわずか150グラムのアダプターを作り上げました。それを組み込んだ義足を使って、山本選手はパラリンピック直前の2016年7月に開かれた関東パラ陸上競技選手権大会に出場しました。ところが、試合中に変形してしまったそうです。幸い山本選手に怪我はありませんでしたが、この時に改めてトップアスリートのチャレンジ精神を名取社長は目の当たりにしました。

「怪我をしたら大変なので、通常なら新しい道具を試す時期ではありません。万全の態勢で臨みたいわけですから。でも、山本選手は自分が納得したことは自分で責任を取るから大丈夫だと言って、少しでも成績が伸びる可能性に挑戦しました。ギリギリまで諦めないアスリートの強さを見ました」

最終的にリオのパラリンピック本番には再びチューニングしたアダプターを付けた義足で臨み、銀メダル、銅メダルを獲得。帰国後、名取製作所にもメダルを首にかけて訪れてくれました。このような成果が出たことで、本当の意味で強い信頼関係ができたのではないかと名取社長は振り返ります。

また、山本選手と何度か接することで名取社長をはじめ、多くの社員にも大きな意識の変化が生まれました。

「山本選手はよく半ズボンを履いていて、あえて義足を見せているんですよね。一流のアスリートとして活躍し、障がい者は『可哀想』というイメージを払拭したい。そういった存在でいたいとよく話しています。その考え方は応援したいなと思うし、私たちも作り手としてできることはやりたいと意欲がわいてきます」

以降、社員の中にもプライベートでパラスポーツの大会やイベントに足を運んでは、「うちの会社で何か支援できることはないか」と、新たな種になりそうなものを探し出してくる人も出てきているようです。

たった2日間で走れるようになった参加者も

これからもパラアスリートの支援は続けていく一方で、名取社長が課題に感じているのは、スポーツ用義足の普及についてです。いくつかハードルがあり、一つは高額であること。どうしても数十万円はしてしまうため、気軽に買えるものではありません。義足をつけて走ってみたいと思いながら、経済的な理由で諦めてしまう人は少なくないそうです。

もう一つは、まだまだ競技人口が多くないこと。ただ、裏を返せば、競技人口が増えてマーケットが拡大すれば、スポーツ用義足の価格を抑えられる余地も生まれてくるでしょう。また、競技用義足と出会ったことで人生が豊かになったという自身の経験から、いろいろなチャレンジをするきっかけになって欲しいと、実際に選手が講師を務める体験教室が行われています。例えば、山本選手が講師を務めるランニングトレーニング教室「ブレードアスリートアカデミー」もその一つです。

2024年10月に大阪府堺市で開催された同イベントでは、老若男女10人ほどの参加者がありました。名取社長も手伝いで現地へ赴き、そこで2日間という会期中に義足で走れるようになった人がいたことに驚かれたそうです。

「一輪車をイメージしてもらうとわかりやすいです。通常だと乗りこなせるようになるには日数がかかりますよね。それと同じで、義足で走れるようになるには時間がかかるのは当然のことです。それがわずか2日間で。もちろん、山本選手の教え方も上手だから、参加者の飲み込みが早いというのもありますが、こんなに短期間で走れるものかと驚き、感動しましたね」

草の根的な活動ですが、こうした積み重ねが、スポーツ義足の普及や、パラスポーツの振興には大切だと考えています。社会貢献に近道はありません。これからも名取製作所は一歩一歩、しっかりとした足取りで前へ進んでいきます。

株式会社名取製作所
住所 〒362-0034 埼玉県上尾市愛宕3-15-14
電話番号 048-774-1153(代表)
URL https://natori-mnf.co.jp/about/
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