2024年2月3日(土)〜4日(日)、「天皇杯 第49回日本車いすバスケットボール選手権大会」が開催されました。1970年に第1回大会が開催され、今大会は第49回、パラスポーツの中でも歴史ある大会です。
会場となったのは、東京・千駄ヶ谷にある東京体育館。昨年のチャンピオンである神奈川VANGUARDS(昨年のチーム名はパラ神奈川スポーツクラブ)と、全国55チームの中から各地区の1次予選、東日本・西日本第2次予選会、最終予選会を経て勝ち上がった7チーム、併せて8チームによるトーナメント方式で試合が行われました。
TEAM BEYOND観戦会が実施されたのは、大会初日のトーナメントの第1回戦。昨年度覇者・神奈川VANGUARDSと、東日本・西日本第2次予選会の4位同士による最終予選会で勝利し、最後の切符をつかんだSAGAMIFORCEというカードです。
当日は、観戦ナビゲーターとしてパラスポーツを長年取材しているスポーツライターの宮崎恵理さんに、車いすバスケットボールの見どころや注目選手など観戦ポイントを解説いただきました。観戦会のレポートをお届けします。
天皇杯ならではの見どころ
コロナ禍による大会中止を挟み、3年半ぶりに再開した昨年第48回の天皇杯では、それまでに11連覇を誇っていた宮城MAXが初戦で敗退しました。東京2020パラリンピックでの活躍で注目された鳥海連志選手をはじめ若い選手がリードするパラ神奈川スポーツクラブ(現・神奈川VANGUARDS)が優勝をもぎ取ったのです。天皇杯の歴史が大きく動いた大会となりました。
今大会、昨年度覇者の神奈川VANGUARDSのトーナメント第1回戦を観戦することとなりました。対戦するのは、最終予選会を勝ち抜いてきた、天皇杯初出場のSAGAMIFORCEです。最終予選会では、西日本の神戸STORKSに58-56という1ゴール差で勝利を決めて、初めての出場権を手にしました。王者と挑戦者の真剣勝負です。
天皇杯は、車いすバスケットボールのクラブ日本一決定戦ですが、健常者のプレーヤーも女子選手も一緒に出場できます。女子選手にとっては、いつもとは異なる役割やプレーを通じて自身の可能性を拡大させることに繋がります。さらに、近年健常者の大学生や社会人で車いすバスケットボールに取り組む人が増えており、さまざまな人にとって日本一決定戦に選手として参加できる貴重な機会になっています。ジェンダーや障害のある、なしに関係なく活躍できる、インクルーシブな大会でもあるのです。
観戦会参加者のみなさんには、集合してすぐに実際に選手が使用する競技用車いす(バスケ車)や写真パネルを見ながら、車いすバスケットボールの基本的なルールや見どころについての解説をお聞きいただきました。
車いすバスケットボールのルールは、とてもシンプルです。使用するコート、ボール、ゴールの高さなどは一般のバスケと同様で、ルールもほぼ同じ。車いすバスケットボールの大きな特徴として挙げられるのは、「トラベリング」「ダブルドリブルがない」「選手のクラス分け」の3つです。
車いすバスケットボールの場合、選手がボールを運ぶ際に車いすを3回以上プッシュするとトラベリングの反則がとられます。バスケ車はスピードが速く、2回のプッシュだけでもとても長い距離を移動できるのが利点。実際のバスケ車に乗って、ホールを手で回す動作をして、お子さんたちにも「プッシュ」がどのような動作を意味するのかを説明しました。
また、一般のバスケットボールではドリブルした後、一度ボールを持って再びドリブルをしてしまうと、ダブルドリブルの反則になりますが、車いすバスケットボールの場合は、ダブルドリブルの反則はありません。ボールを保持して、ドリブルし、2回プッシュしてボールを運んだ後、再びドリブルする、というプレーが可能です。
選手の「クラス分け」は、車いすバスケットボールには欠かすことのできない重要なルールです。選手は、障害の状態や程度によって最も障害が重い1.0点から最も軽い4.5点まで、0.5点刻みでクラス分けされており、コートでプレーする5人の選手の合計が14.0点以内でなければならないというルールがあります。これによって、さまざまな障害の選手が平等にプレーでき、かつそれぞれの選手の特徴を戦略的にゲームに生かすことができるのです。
天皇杯など日本車いすバスケットボール連盟が主催する大会では、健常者、女子選手がともにプレーできます。健常者は最も軽い4.5点。女子選手は1名入るごとにチーム合計持ち点から1.5点がマイナスされる(つまり、1人の女子選手が入ることでチーム合計が15.5点まで可能になる)ルールになっています。(女子選手のみの皇后杯ではこのルールは適用されません)
車いすを駆使したテクニック
車いすバスケットボールの見どころの大きなポイントは、バスケ車を使用することにあります。スピードが速く、クルクルと回転性に優れたバスケ車をどう扱うか。また、横方向に瞬時にステップして移動することはできない分、バスケ車を使って相手選手の動きを止めるなどのテクニックが、車いすバスケットに大きく生かされます。
「ティルティング」は、片方のホイールを持ち上げたまま、シュートしたり、リバウンドしたりする高度なテクニック。片方のホイールだけでバランスをとり、できるだけ高さを保ったまま片手でシュートするなど、実際にバスケ車を動かして説明すると、観戦者のみなさんからは、「そんなこと、できるの?」といった感嘆の声が上がっていました。
「ピック&ロール」は、ボールを持った味方選手に近づく相手チームの選手を、バスケ車でがっちり抑えに入ります(ピック)。その動きから空いたスペースに飛び込んで(ロール)、パスを受けてシュートを放つ、一連の攻撃戦術です。これが決まると、一気にテンションが上がります。
もう一つが、「バックピック」です。味方の攻撃時、相手チームの主力選手のバスケ車の前方に、自分のバスケ車を押し付けて移動できないようにする戦術です。長身のリバウンドで活躍するハイポインターや、守備で活躍する選手ら狙った選手の動きを阻止し、味方のスムーズな攻撃に繋げます。ボールと離れたところで展開されるこの戦術は、会場でライブ観戦するからこそ見ることができる楽しみの一つです。
観戦参加者のみなさんは、実際にバスケ車に触れたり、パネルの写真を見たりして、より理解を深めてくださいました。
1回戦「神奈川VANGUARDS 対 SAGAMIFORCE」
さあ、いよいよ、試合開始です。
昨年のチャンピオンである神奈川VANGUARDSは、鳥海選手をはじめ、東京2020パラリンピックに出場した古澤拓也選手、髙柗義伸選手ら現在日本代表でも活躍する若い選手中心のクラブです。また、女子日本代表の土田真由美選手も在籍。日本代表選手でスタメンが組めるチームなのです。
対するSAGAMIFORCEは神奈川県・相模原市を拠点とするクラブで、1964年の東京パラリンピックの時に選手として出場した故・船田中さんが誰でも車いすバスケットを楽しめるクラブチームを、という理念で40年ほど前に設立されました。チームを引っ張るのは、2022年にU23世界選手権大会で優勝した日本代表メンバーである春田賢人選手。さらに健常者プレーヤーでHCを兼任する坪龍司選手や、女子で健常者の椎名香菜子選手が活躍しています。
「SAGAMIFORCEは同じ神奈川県内のチームなので、何度も練習試合などでも対戦しています。U23世界選手権に出場した春田選手が、チームを引っ張ってくるはず。相手は、予選会から何度も苦しい試合を重ねてきて、最後の最後に出場権を勝ち取って絶対に勝ちたいという強い気持ちがあります。しっかり守備を固めて攻撃を組みたてたいと思います」
と、神奈川VANGUARDSの鳥海選手は力強く、初戦に向けての抱負を語ってくれました。
試合は序盤から終始、神奈川VANGUARDSのリードで進みましたが、SAGAMIFORCEの椎名選手や春田選手の活躍で追いすがります。バックピックやティルティングなどのテクニックが見られると、観戦者のみなさんから、「ああ、あれが…」と見つけてくださる場面もありました。試合は、神奈川VANGUARDSが前半を43-15と大量リードで折り返し、ハーフタイムになりました。
ハーフタイムに特別ゲスト 豊島英さん
このハーフタイムには素敵なゲストをお招きしてみなさんにお話を披露してくださいました。東京2020パラリンピックで日本代表チームの主将を務めた豊島英さんです。
豊島さんは現役時代に11連覇した宮城MAXに所属し、応援がどれだけ力になるかを力強く語ってくださいました。わずか5分ほどのお話でしたが、終わってから一緒に参加者の方との写真撮影やサインに応じてくださいました。豊島さんのお話で一層、天皇杯と車いすバスケットボールへの理解が深まったことと思います。
試合後半も神奈川VANGUARDSが、SAGAMIFORCEを圧倒していきます。鳥海選手がロングパスを放って、前方を全力疾走する丸山弘毅選手に出す速攻で何度もゴールを奪うと、参加者のお子さんたちから「ズルいよ〜! 速いよ〜!」という声が聞かれるほど。鳥海選手を起点にした攻撃が次々と決まり、最終86-23で準決勝進出を決めました。
今回の観戦会はトーナメント1回戦のみでしたが、この日多くの観戦参加者の方がそのあとの準決勝まで観戦してくださったようです。
小学生から大人まで幅広い観戦会参加者
今回の観戦会参加者の中には、SAGAMIFORCEの熱烈なサポーターグループや障害のあるお子さんなどもいらっしゃいました。股関節の病気で車いすを使用していらっしゃる小学1年生の参加者の方は、今回試合を観戦し、豊島さんのお話を聞いたことで「車いすバスケット、絶対にやりたい!」と語ってくれました。東京在住とのことなので、東京を拠点とするNO EXCUSEで体験会やイベントを多数実施していることをお伝えしました。今大会を観戦して断然、鳥海選手推しになったとのこと。将来の車いすバスケットの選手候補が、この観戦会をきっかけに誕生するかもしれません。とても楽しみですね。
「今回、会場で観戦できたことで選手たちの力強い動きや作戦、テクニックを解説付きで見られたことがとても楽しかったです」「多様性を勉強するいい機会なので、子どもたちを中心に学校などでもどんどんパラスポーツのイベントを実施してほしい」「今回のような観戦会という機会がなければ知らなかった世界を知ることができました」など、参加者のみなさんからは観戦会に参加して良かったという多くのご意見をいただくことができました。
神奈川VANGUARDS、翌日の決勝戦に進出
今大会は、神奈川VANGUARDSが準決勝で東京のNO EXCUSEを下して決勝に進出。決勝戦では、埼玉ライオンズと対戦しました。
神奈川VANGUARDSの髙柗選手が鳥海選手のアシストで先制点挙げましたが、埼玉の攻撃の勢いが素晴らしく、第3クオーターまでは埼玉ライオンズのリードで進みました。2連覇のかかる神奈川VANGUARDSは、最終第4クォーターで一気に逆転。大接戦を制して47-44で勝利しました。
「とても苦しい試合でしたが、2連覇を果たすことができて嬉しいです」(鳥海選手)「追いかける展開の中、なかなかシュートが決まらず、とにかくディフェンスからチャンスを伺っていき、最後に勝利を掴むことができました」(古澤選手)
今大会MVPを獲得した丸山選手もやはりディフェンスを固めて攻撃に繋げてきたと語ります。「日本代表5人がコートに入ることで、負けられない、どこよりも固いチームワークで勝つというプライドを信じてプレーしていました。苦しい場面での応援の声が本当に力になり、選手としてこれほど幸せなことはないと実感しました」と語っていました。
パラスポーツの中でも非常に人気の高い車いすバスケットボールの観戦会を通じて、参加者のみなさんは会場で観戦する楽しみを満喫できたのではないかと感じています。